吉川英治の親鸞を読んでいます

こんにちは、真理雄です。

最近はいよいよ寒くなってきましたね。

全国的に秋が感じられているのではないでしょうか。

秋ということで、読書に励んでいる方も多いかもしれません。

私も頑張って本を読もう!と思っているのですが、職場に本を忘れていったり、疲れてスマホばかりいじっていたりして、なかなか読めていません。

なかなか読めていないその本は、タイトルにもあります通り、吉川英治の親鸞です。

吉川英治を知ったきっかけ

実は今まで吉川英治を読んだことがなくて、友人が面白いと言っていたのをきっかけに、今回初めて手に取ったんです。

吉川英治の著書をざっと見たときに思ったのは、歴史小説に強い作家なんだな、ということでした。

特に宮本武蔵がすごいですよね。長い。親鸞も十分長いんですけどね笑

さすがにいきなり宮本武蔵に挑戦するのは無理があるなと思い、それで親鸞から読むことにしたんです。

最近まで、『ブッダのことば』や『ブッダの真理のことば・感興のことば』といった仏教に関する本を読んでいたことも、親鸞を読む動機につながりました。

大河ドラマも割と好きなので、歴史小説、それも親鸞は絶対に面白く読める!という強い確信がありました。

親鸞その人については、正直あまり理解していない状態で私は読んでいます。

法然が師匠であるのは知っていましたが、親鸞が具体的にどんな人なのか、どんな思想を持っているのか。念仏とはなんなのか。さっぱりわかっていないです。

ある程度の前提知識があれば、こういう書き方をする吉川英治はうまい!と思える部分もあるのでしょう。

でも、前提知識がなくても面白く読めるんですねこれが。

吉川英治自身、おそらくかなり仏教を勉強してきたことと思いますので、ハッとさせられる文章だったり、シナリオは結構あります。

ただ、実際に仏教思想が色濃く展開されることは稀で、親鸞がたどってきた歴史が中心の小説です。

吉川英治が描く親鸞の魅力

親鸞の若い頃は嫌われ者だった?

親鸞は歴史に残るくらい有名な人なわけですから、幼少期から神童のような存在だったのでしょう。

それ故に、周りから反感を買うことも多かったのでしょう。吉川も、そのように親鸞を描いています。

その「反感を買うプロセス」というのがなかなか上手くできているんですよ。

仏教というのは伝統のある宗教ですから、伝統のある解釈があるわけですね。

位の高い僧侶でなければ解釈の変更なんてできるわけがない、くらいの勢いです。

それだけ仏教は奥深く深淵で、凡人が簡単に理解できるものではない、と考えられているんですね。

だから、親鸞が若い頃は、仏教に対する新解釈を持ち出したりして、周りから反感を買っていたわけです。いくら華厳経を熟読しようが、若僧に理解できるわけない。新解釈をする親鸞は、仏教を冒涜している、と。

だからなのか、親鸞の師匠(法然ではない人)に、「世間の眼ではなく、仏の眼で見よ」と諭されている部分もあります。師匠は親鸞に好意的なんですが、まだまだ未熟だなと思うところもあったのでしょう。

とはいえ、この新解釈が的を射ていれば「頭のキレる僧侶」となるわけですが、全く的外れな解釈であれば「独りよがりの凡人」となります。

現代でも、若い頃って、割と後者になる可能性が高いんですよね。物事をあまり知らないですから、何かと暴走してしまう。

もちろん、暴走することで何か見えるものがあることも事実ですし、行動力があるのはいいことなんですが、だからといって非常識なことをしていると、いつか痛い目にあう。

自分としては「いいことをした!」と思っていても、周りの反応が悪ければ、せっかくの善行が悪行になりかねません。

そういう意味で、親鸞は苦労した人なのだと思います。苦労した人だからこそ、歴史に残るくらいの何かを発見できた、ということでしょうか。

私自身、まだまだ苦労が足りないから、悟れない部分があるのだと痛感しました。

親鸞も恋をした?

『ブッダのことば』や『ブッダの真理のことば・感興のことば』では、女性と仲良くするなとか、恋をするな、ということが繰り返し繰り返し説かれています。

性欲は煩悩の塊であり、解脱に至るには性欲を捨てなければならないからです。

もちろん性欲以外にも様々欲望があって、そういった欲望を全て捨てよ、とブッダは説いています。

執着するな。この一点につきます。

女性と仲良くするなというと曲解を生みそうですが、要するに異性と過剰に仲良くしちゃだめだよ、ということですね。

では、親鸞はどうか。

吉川は、親鸞も恋をした、という形で描いています。

いかに親鸞とはいえ、一人の人間ですから、素敵な異性を見れば目を奪われるのも不思議ではありません。

今も昔も、異性に対する思いは変わっていないんだなと心底思いました。

私としても、異性とは何なのか…と夢想することがありますが、親鸞も悩んだんですね。

そう考えると、親鸞にも親近感が湧くというものでしょう。

まとめ

実はまだ半分しか読んでいない親鸞ですが、楽しめています。

ようやく法然の弟子となったところで、世間の人々が「念仏によって心が楽になりました」などと描かれています。

思えば、吉川英治の生きた時代は、戦時中でした。

自力で頑張って生きたとしても、戦争はなくならない。いつ死ぬかわからない。

そうした時代だったからこそ、吉川は他力本願の真髄たる親鸞に魅力を感じたのだと思います。

また、そうした時代だったからこそ、吉川が著した親鸞が、戦時中の人々に需要されたのだと思います。

現代でも、周囲の環境だったり、経済的な事情などで、閉塞感を覚えている人は多いと思います。

そんな人は、「親鸞も苦労したけど頑張ったんだなあ。私も頑張ろう」と、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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